岡崎 こま子
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「オーイ鉄、これを手伝え!一時間百円だ」
「えっ、また皮むき?いやだなあ」
学校から帰るのを待ちかねたように、大きな声が奥からとんできた。
林 鉄也、小学校五年生。
親はこの街でちいさなスクラップ工場を経営している。
小さいといっても一応父親は社長、母親は専務、そしてぼくは次期社長。
だから小さい頃から、ひまさえあれば、缶をつぶしたり、皮むきという銅線をくるんだビニールをとる
仕事をしたりと、色々な手伝いをさせられてきた。
「父ちゃん、百円は安いよ。百二十円ならしてもいいや」
「チェッ!鉄も大きくなるにつれて、ケチなことを言いやがる。次期社長がそんながめついことを言って
いると、従業員がついてこないぞ」
ぼくは、昨日調べたことを言いそうになったけれど、やめにした。
やっと二十円値上げしてくれたのに、気分が悪くなると九十円くらいに下げてしまう父ちゃんの性格を
ぼくは生まれた時から知っている。
皮むきの手伝いに来ているパートのおばちゃんは、一時間六百円もらっていることや、今銅はすごく値
上がりしていることを、ぼくは調査済みだ。
でも口にはださない。タイミングが大切なんだ。
今日は三時間はたらいた。
ノートに三百六十円と書いて、←印を記入しておいた(昇給の印だ)。
「鉄也、おつかれさま」
母ちゃんだけだ、ぼくをちゃんと鉄也と呼んでくれるのは。
「母ちゃん、腹へった」
「ハイハイ。その前に父ちゃんとお風呂にお入り」
真っ黒な父ちゃんと灰色くらいのぼくは、服を全部脱いでお風呂に入った。
「なあ鉄。父ちゃんは、もっともっとこの工場を大きくしてやる。今に見ていろよ」
父ちゃんの口ぐせだ。
ぼくは、心の中で、
(ぼくが大人になったら、その何倍も何倍も大きくしてやる)と思っていた。
お風呂の窓の外には、ぼくが一年生の時に学校で植えたアサガオが、今年で五回目の花をつけていた。
一番最初に咲いた花なんか、もう小さな緑の種をつけている。
(この種は、六年生のたまごか……)
ぼくは、ボンヤリと見ていた。
その時、鼻からなまぬるいものが、スーッとおちてきた。
(うん、何だ)
手をやると、血がべっとりとついている。
「父ちゃん、鼻血だ!」
「むこうを向け!」
ぼくをむこうへ向かせると父ちゃんは、後頭部チョップをかけてきた。
バン バン バン!
首の骨が折れそうなくらい後頭部チョップはいたくて、ぼくは頭がジーンとして、それからわからなく
なってしまった。
あとで知ったことだけど、父ちゃんは近くの医者にすごくしかられたようだ。
なんでも、父ちゃんの大きな声でお風呂場をのぞいた母ちゃんは、顔面真っ赤のぼくを見て、すぐ医者
をよんだらしい。
医者は鼻血とわかって、後頭部チョップをしている父ちゃんを思いっきりつきとばした。
父ちゃんは、今の今まで、鼻血には後頭部チョップがきくと信じていた。
母ちゃんは
「父ちゃんは、決して悪気はなかったんだからね。鉄也、ゆるしてあげてね」
と、ぼくにしきりに言ってくる。
ぼくは一年生の頃を思い出した。
あの時も父ちゃんの思いちがいから、しなくてもいい痛みを、ぼくは経験した。
その頃スーパーマンのまねにこっていたぼくは、ふろしきを胸のところにくくりつけ、マントをひるが
えしてとびまわっていた。
机から机へと事務所の中は、ぼくの、かっこうの遊び場だった。
ひらり、ひらりととんだのはいいけれど、「あっ!」と思ったとたん、長いマントがストーブの上のや
かんをひっくりかえしてしまった。
熱いお湯は、ぼくの足に熱いかたまりとなってかぶさってきた。
「あついよー!」
ぼくの悲鳴に父ちゃんは大声で
「母ちゃん、台所からしょう油をもってこい!」
とさけんだ。
ぼくのあついお湯のかかった足に、今度は一升ビンに入ったしょう油が、からになるまでふりかけられ
た。
「痛いよう、しみるよう」
「うるさい!やけどにはこれが一番なんだ。なおる前は痛いに決まってらあ。男がメソメソなくな、バカ
ヤロウ」
父ちゃんはたしか、その日も医者にしかられていたような気がする。
ぼくのしょう油づけの足は、当分の間歩けないほど大変だった。
A
夏休みに入った。
「父ちゃん、ぼくこの夏休みあまり手伝えないよ」
「どうしてだ」
「うん、ちょっとやりたいことがあるから」
「夏はあまりいそがしくないから、好きなことやりな」
朝ごはんを食べながらぼくの頭の中は、計画していることでいっぱいだった。
ぼくは、今までためてきた全財産をしらべた。
二年生くらいまでは、父ちゃんにうまくだまされてただ働きさせられたけど、そのあとの三年間はばっ
ちり時間給をせい求して、それを貯金してきた。
ぼくの汗と涙の結晶はずい分とあった。
午前中宿題をやって、昼の冷たいソーメンを食べ終わった頃
「鉄ちゃーん、いる?」
「オーッ」
ぼくの親友の山本健一、通称ケンちゃんだ。
ケンちゃんのお父さんは、昨年事故でなくなり、母一人、子一人で仲良くくらしているしっかりものだ。
頭もいい(ぼくより少し……)。
「ケンちゃん、袋もってきたか」
「ああ、母ちゃんのきんむ先のスーパーの粗品だけど、青と黒それぞれ十枚ずつくらいあるよ」
「サンキュー。今日のところはこれでオッケーだ」
「鉄ちゃん、ケンちゃん、オッス」
大きな体をゆっさゆっさゆらしながら来たのが、三上博志。
タレントのような名前からは想像もつかないような巨体で、動作ものろまなため、博志の『博』の字を、
動物のバクに結びつけて、バクちゃん。
「バクちゃん、起きれたのか」
「ああ、しっかり食べてきたから、今日は働くぞ」
「たよりにしてます」
ぼくとケンちゃんは、同時に言った。
「さあ、じゃあでかけよう」
ぼく達は、工場の裏からリヤカーをひっぱりだし、前から下見をしておいた、旭川の土手へ向かって出
発した。
川原には、夏休みらしく、子供達の姿がたくさんあった。
「鉄ちゃん、この辺からいこうか」
「そうだな」
三人はリヤカーと一緒に土手をかけおりた。
車から投げ捨てられたり、家族連れがおいていった缶がたくさん、夏草にもたれていた。
「バクちゃん 、青のビニール袋がアルミ缶、黒の袋がスチール缶だよ。わからなかったら、このじしゃ
くでためすんだ」
「くっつかないのがアルミ缶だね」
「そうそう。じゃ、GO!」
「オーッ!」
ぼくたちはそれぞれに、缶を足でつぶしては拾っていった。
通りがかりのおばさん達が、
「まあ、感心ね」
と言って、手伝ってくれたりしたおかげで、みるまにビニール袋十枚がいっぱいになり、リヤカーの上
は、黒と青の袋で山もりになった。
「あーあ、こしがいたいや」
バクちゃんが言った。
「けっこうあるもんだな」
ケンちゃんが言った。
ぼくらの汗にぬれた顔は、川の向こうにしずみかけた太陽でキラキラひかり、すがすがしい気分だった。
川風も(ごくろうさん)と、やさしく顔をなでていった。
「さあ、バクちゃんの出番だ」
「よし、まかせろって。こんなものおちゃのこさいさいだ」
バクちゃんはリヤカーをひっぱって、土手をのぼっていく。
ぼく達も後ろからおした。
ぼく達三人の夢を、リヤカーにのせて……。
「ただいま父ちゃん。これ高くかってくれよ」
「なんだこれ、どこからもってきたんだ」
父ちゃんは真っ黒になった三人の顔と、リヤカーをかわるがわる見て
「……まあ、あまり無茶をするなよ」
と言うと、缶を工場へ運ぶように指示し、自分もついてきた。
袋から出された缶は、機械のじしゃくでアルミ缶とスチール缶にきちんとわけられ、それぞれを計って
けっこういい値段で買ってくれた。
ぼく達は大満足だった。
次の日はケンちゃんの母さんがつとめているスーパーに、缶をもらいに行った。
スーパーの店長さんはとてもいい人で、ぼく達に色々と協力してくれた。
粗品の袋もたくさんくれた。
ケンちゃんの母さんがたのんでおいてくれたらしい。
でも、スーパーの缶はほとんどがジュースの入っているスチール缶だったので、あまりいい値段にはな
らなかった。
ぼくら三人は、そのほかにもいろいろな場所で缶を集めてまわった。
公園の中とか酒屋さんとか。
夏休みが半分終わった頃になると、もうバクちゃんも見ただけで、アルミ缶かどうかわかるようになり、
三人の貯金はずい分ふえていった。
B
そんなある日
「こんばんは」
いつものように、父ちゃんとお風呂に入って夕ごはんを食べていると、玄関で声がする。
「ハーイ」
母ちゃんは、おはしを置くと玄関へでていった。
どうやら母ちゃんは、しきりにあやまっているようだ。
父ちゃんはビールのコップを置くと、玄関へ出て行った。
ぼくは何かいやな予感がした。
あんのじょう
「鉄!」
ズカズカともどってくると
「鉄、明日から、缶拾いはやめろ!わかったな」
それだけ言うと、父ちゃんは飲みかけのビールをクイッと飲みほして、さっさと二階へ上がってしまっ
た。
母ちゃんが元気のない声で
「鉄也、バクちゃんのお父さんとお母さんが来られてね、缶拾いのようなみっともないことはやめさせて
下さいってこられたのよ。缶拾いのどこが悪いって父ちゃんが言ったら……」
母ちゃんはそこまで言うと、流しの方へ立った。
肩がふるえている。
ぼくは泣いていると思った。
「母ちゃん、それからどうなったの」
ぼくは聞いた。
「バクちゃんのお父さんは、会社の重役さんでしょ。それで……それでね……ごめんね、鉄也」
ぼくはわかった。
全部聞かなくても、父ちゃんと母ちゃんのくやしい思いが、ひしひしと伝わってきた。
(缶拾いがなぜ悪い、なんで重役が立派な仕事なんだ。なんでスクラップ屋が……)
ぼくも、涙がポロポロでるのをおさえられなかった。
その夜はなかなか寝付かれなかった。
次の日、バクちゃんはこなかった。
ケンちゃんに昨夜のことを話すと
「バクちゃん、あんなにいきいきと働いていたのに。きっと今頃気になっているだろうな……」
と言った。
ぼくも、そう思っていた。
でも、ぼく達の夢の実現まであと少しなんだから、と二人でがんばることにした。
今では缶がたまったからと、わざわざ電話をくれる所もふえて、二人では大いそがしだった。
父ちゃんはあの夜いらい、ぼくの顔を見ようとせず、口数もきょくたんにへっていった。
お風呂も別々だ。
でもケンちゃんと二人で拾った缶は、相変わらず、だまって買ってくれた。
C
夏休みもあと十日足らずになった頃。
ケンちゃんとぼくは、いつものようにリヤカーをひいて、昨日電話をくれたお店に向かっていた。
その時
「鉄ちゃーん、ケンちゃーん!」
「バクちゃん!」
「鉄ちゃん、ケンちゃん、ごめん」
「バクちゃん元気だったかい。父さんにしかられたんだろ」
「うん、でもぼく毎晩ストライキをしたんだ」
「ストライキ?」
「うん、缶拾いをゆるしてくれるまで、晩ごはんを食べなかったんだ」
「えーっ!」
ぼくとケンちゃんは大声をあげた。
バクちゃんが食べないなんて考えられないのに、自分からいらないというなんて全然信じられなかった。
「それでねぼくの父さん、おどろいたみたい。そんなにお前が夢中になれることなのかって。ぼくは話し
たんだ。ぼくらの夢を、三人の計画していることを。自分達の手でかせいだお金で、来年、六年生の夏
休みに、北海道一週自転車旅行に行く計画をたててい ることを!」
「父さん、反対した?」
「ううん、おどろいていたよ。博志も大きくなったもんだ。二年がかりの計画か、実現しろよって。母さ
んなんか、今からもう北海道のおばさんに、あぶなくないかとか、来年行くからよろしくとか、電話し
まくってるよ」
「ふうん」
「ごめんな、夢のことしゃべってしまって。でもまた今日から仲間に入れてくれよな。ぼく休んでいた分、
たくさん働くからさ」
バクちゃんは、うれしそうにリヤカーのハンドルを持った。
「でもバクちゃん、晩ごはん食べてなかったのに大丈夫?」
ぼくは、あまり体型のかわってないバクちゃんに聞いた。
「平気、大丈夫さ。だって食べていないのは父さんの前だけで、父さんが風呂に入ったら母さんがちゃん
と部屋に食べ物をはこんでくれていたんだもん」
「えーっ、ずるいストライキだな。でもバクちゃんらしいや」
「アハハハハ」
ぼくら三人は、夏の太陽にまけないくらい大きな夢に向かって、また歩き始めた。
その日の夕方、久しぶりに三人そろって父ちゃんに缶を買ってもらった。
父ちゃんは缶を計りながら、
「今日は特別価格で買ってやらあ」
と言った。
そして奥から小さな鉄の板を渡してくれた。
『わんぱく夢商店』
鉄のかんばんにはそうほられていた。
ぼくとケンちゃん、それにバクちゃんは、かんばんを工場の門の左側にかけた。
右には『林スクラップ工場』
左には『わんぱく夢商店』
どちらも、よく似合っていた。
夜空には、たくさんの星達がチカチカと輝き、まるで応えんしてくれているかのようだった。
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